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  • 2018/07/24
  • ちょくマガ編集部

愛のギロチン ~Part1「退職の決断」

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求人広告の代理店で働く「俺」は退職を決意するも、久々に会った後輩に慰めを受け、惨めな想いをしてしまう。

「先輩はクライアントにどんな価値を提供できるんですか」

採用コンサルティングビジネスで成功する後輩に言われた言葉が胸に引っかかりながら、帰宅。

やけ酒の帰りに会った一人の老人との出会いが、「俺」の人生を変えていく。

全3回の短編小説で、本記事は、Part1となります。
その他の回は以下よりご覧ください。

 愛のギロチン ~Part2「採用ってもっと人間的なことじゃないの?」 

 愛のギロチン ~Part3「自分にしかできない求人」 




作: 児玉達郎
愛知県出身、千葉県在住。2004年、リクルート系の広告代理店に入社し、主に求人広告の制作マンとしてキャリアをスタート。取材・撮影・企画・デザイン・ライティングまですべて一人で行うという特殊な環境で10数年勤務。求人広告をメインに、Webサイト、パンフレット、名刺、ロゴデザインなど幅広いクリエイティブを担当する。2017年7月フリーランスとしての活動を開始。インディーズ小説家・児玉郎としても活動中(2016年、『輪廻の月』で横溝正史ミステリ大賞最終審査ノミネート、2017年『雌梟の憂鬱』で新潮ミステリー大賞予選通過)。BFI(株式会社ブランドファーマーズ・インク)のスペシャルエージェント。


「え? 辞めるんですか、会社」

錦糸町南口の小奇麗な居酒屋。俺が退職前の有給消化中だと知った本木は、驚いた顔をして言った。

「ああ、まだ引き継ぎで何度かは出社するけどな」

「……次、どうするんです?」

予想された質問に、落ち着いた口調を意識して言った。

「まあ、ゆっくり考えようかと思ってな。いい会社が見つかるまでは、フリーランスとして活動するつもりだ」

「フリーランス? 先輩が?」

本木は2年前まで同じ会社で働いていた後輩だ。

年齢は今年40の俺より3つ4つ下だが、優秀な営業マンだった。周りの留意も気にせずあっさり退職し、やがて自分で会社を立ち上げた。

採用コンサルティングの事業で成功し、組織もどんどん大きくなっているらしい。

たまたま音楽の趣味が合ったことがキッカケで話すようになり、会社を辞めた後も、こうして半年に一度くらいの頻度で飲みに行く。

「フリーランスか……うーん」

本木はそう言って難しそうな顔をする。

先日誘いの電話を受けたとき、「じゃあウチに来てくださいよ」と言われることを期待しなかったといえば嘘になる。

「……なんだよ、問題でもあるのか」

「いや……ていうか、そもそもなんで辞めるんですか」

「なんでって……」

優秀な本木と違って俺は、ごく平凡な営業マンだ。

入社して15年以上、過去には社内の営業マンランキングで上位にいたこともあるが、だいたいの成績は中の上。

それなりの売上は立てられるが、どちらかと言えば暗い性格で人望もないので、マネージャーへの昇進は叶わなかった。

なぜ辞めるのか。正直に言えば、明確な理由などない。

強いて言うなら、居心地が悪くなったのだ。

リーマンショック以降、業界全体のデフレが顕著になってきたこともあって、俺たちのような「中途半端な年代の社員」に対する風当たりは強くなっていた。

年々の昇給が重なって給与は高いくせに、若手と比べて売上が劇的に高いわけでもない。

そういう存在を会社が疎ましく思うのもわかる。

「そろそろ辞めてくれないかな」という空気のなか、平然と40歳を迎えられるほど俺は図太くない。コミュニケーション能力はないくせに、人の顔色には敏感な性格なのだ。

「俺も来年40だし、このままずっと会社にいてもな」

本木の視線を避けるように箸を取り、乾きかけたお新香を口に運んだ。

「確かにそれくらいで独立する人は多いですけどね。でもなあ……」

……なんだ、その言い方。なぜ素直に応援してくれない。

「でも……なんだよ」

「いいですか、先輩。独立したら、自分で稼がなきゃならないんですよ。週5日8時間働いていたからってお給料がもらえるわけじゃない」

「……そんなことわかってるよ」

「先輩、今は価値社会ですよ。価値を提供して、その対価としてお金をもらう。大企業の商品だからって売れるって時代は終わりつつあります」

何の話だ。価値社会? 対価として金をもらう?

本木はそして、俺のことをじっと見つめた。

「先輩だからハッキリ言わせてもらいますが、先輩はクライアントに、いったいどんな価値を提供できるんです?」

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