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  • 2018/07/24
  • ちょくマガ編集部

愛のギロチン ~Part1「退職の決断」

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次の日の朝、俺は耳障りなノックの音で目を覚ました。

目を薄っすらと開くと、ベッド脇のローテーブルの上に、昨日買ったチューハイの空き缶が並べて置いてあった。

あまり覚えていないが、結局全部飲んでしまったらしい。

元来あまり酒には強くない。だが、飲まずにはいられなかったのだろう。

ノックの音は続いている。頭がガンガンした。

「……もう、なんだよ」

家を訪ねてくる人間に心当たりはなかった。通販で何かを買った覚えもない。

このご時世に、訪問販売でもないだろう。

だが、どうしても馬鹿正直な俺はこういうものを無視できない。

ほとほと自分の性格が嫌になる。全身の怠さを覚えながらベッドから出て、玄関の前に立った。

「どちらさまですか?」

扉の外に向かって言った。そこにいる人間は何かを言ったようだったが、よく聞こえない。

安アパートのせいで扉にのぞき穴もなく、面倒になって扉を開けた。

「あっ、どうも」

立っていたのは見慣れぬ中年男性だった。

紺色のスーツ……いや、ブレザーのようなものを着て、なぜか白い手袋をつけている。

手には角ばった帽子。

一瞬、警察官かと思ったが、そういう雰囲気でもない。

なんだ、誰なんだ。素性を聞こうと口を開きかけたとき、相手が言った。

「ああ、よかった。お留守かと思いました。もう私、困ってしまって」

「……あの、部屋、間違えてませんか?」

今更のように頭痛がしてくる。体を巡る血がドロドロしている。

二日酔いだ。早く中に戻って横になりたい。

「え? 崎野さんですよね」

「……え?」

「あの、私、タクシーの運転手です。大貫さんが下でお待ちです。すみませんけど、来てもらえますか」

「はい?」

いったい何を言っているのだ。

だが、大貫さん、という言葉が頭の何処かに引っかかる。



――大貫さん。そうだ。昨日の夜に確か――

「じゃあ、待ってますからね。あの人、ちょっと変ですよ、困ってるんですから」
 
そう言って運転手はそそくさと廊下を駆けていった。

着古したポロシャツにしわだらけのチノパン、ボサボサの髪。

まったく自分が嫌になる。なぜこんな理不尽につきあおうとしているのか。

いきなりやってきたタクシー運転手など、無視してしまえばいいではないか。

だが俺はそれができない。

洗面所で手を濡らし、即席の寝癖直しをして、一応サイフと携帯を持ち、部屋を出る。

廊下を進み、階段を降り始めると、確かに一台のタクシーが停車しているのが見えた。

5月の朝8時である。
天気もよく、気持ちの良い春の朝なのだろうが、二日酔いとこの妙な状況のせいですこぶる気分が悪い。

「なんなんだよ……」

誰に言うでもなく呟きながら、降りていく。

やがてタクシーの後部座席の窓が滑らかに開いた。

「やっと来たか。男のくせに準備が遅ぇよ」

大貫だった。確かに昨日の夜、自動販売機の前で会った老人だ。

助けてもらっているくせにひどく偉そうで、感謝の言葉ひとつもなく帰っていった、あのクチの悪い爺さん。

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