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  • 2018/07/24
  • ちょくマガ編集部

愛のギロチン ~Part1「退職の決断」

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「……どういうことなんです、これ」

「足を痛めたと言ったろうが。こんな爺ひとりじゃ、何もできん。あんた、今日は仕事は休みなんだろ?」

……そういえば昨日、そんなようなことを言った覚えがある。

次の就職先も決まっていない、有給消化中の身であることを恥じるあまり、

土日休みだと言い返したのだ。

「休みだから、なんだって言うんです」

「まあ、いいから乗れ。話は走りながらする」

運転手は、さすが運転手と言うべきか、ここに住んでもう5年以上経つ俺でも知らない裏道をスイスイと進んでいき、やがて大通りに出た。

土曜の朝だからか、道を行く車はあまり多くない。

道沿いに並んだ飲食店もまだOPEN前だ。

保育園の園児だろうか、大きなカートに満載された子供たちの笑顔が見える。

「あの……それで、どこに行くんです」

二日酔いの頭痛に耐えながら聞くと、「どこにって、病院だ」と大貫は答えた。

「病院……ああ」

微かな納得感があった。

大貫は昨日、足を痛めたせいで階段を登れず、それで俺に声をかけたのだ。病院が開く朝を待っていたということなのだろう。

「付き添い……ってことですか」

「そうだ。階段の上り下りくらいならいいが、病院の中まで運転手に介助させるわけにはいかんだろ」

そういうことかと思う。

大貫は先ほど、呼び出したタクシーの運転手に肩を借りて階段を降りたのだろう。

この性格だ、もしかしたら病院内での介助も要求したのかも知れない。
それで断られて、俺の名前を出した。

なんとなく流れは想像できたが、だからといって納得できるはずもない。

なぜ俺ならOKだと思うのか。同じアパートに住んでいる間柄だと言っても、言葉を交わしたのは昨日が初めてなのだ。

……だが、そういった文句は頭の中に浮かぶだけで、声には出ない。

本当に意気地のない人間だ。頼まれたら嫌だと言えず、だから上司にも客にも、そして後輩にすら舐められる。

「どんな仕事をしているんだ?」

俺が黙っていると、どこか真剣な口調で大貫が言った。

「……どんなって、別に普通の営業です。求人広告の」

「求人広告の……そうか」

一体何なのだ、この老人は。
俺のことをなぜ嗅ぎ回る。苛立ちというより不気味さを覚える。

これ以上の詮索をシャットアウトするつもりで、言った。

「でも、辞めるんです。今は有給消化中で、1ヶ月後には退職です」

「なんだと?……どうして辞めるんだ」

驚きのこもった返事。別に関係ないじゃないか、と思う。
俺が会社を辞めようが、別にあんたには何の関係もない。

「どうしてって……まあ、そろそろ次のステップに、というか」

何が次のステップだ。何も決まってなどいない。
なんとなくフリーランスの営業として、と考えていたが、後輩に「そんなに甘くない」と喝破されてしまう程度の思いつきに過ぎない。

本来なら必死に転職活動をしなければならないのだろうが、なぜかそれにも気が向かない。

「あと1ヶ月か……」

大貫が呟くように言ったとき、タクシーは病院に到着した。

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