全3回の短編小説で、本記事は、Part2となります。
その他の回は以下よりご覧ください。
愛のギロチン ~Part1「退職の決断」
愛のギロチン ~Part3「自分にしかできない求人」
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作: 児玉達郎 |
愛知県出身、千葉県在住。2004年、リクルート系の広告代理店に入社し、主に求人広告の制作マンとしてキャリアをスタート。取材・撮影・企画・デザイン・ライティングまですべて一人で行うという特殊な環境で10数年勤務。求人広告をメインに、Webサイト、パンフレット、名刺、ロゴデザインなど幅広いクリエイティブを担当する。2017年7月フリーランスとしての活動を開始。インディーズ小説家・児玉郎としても活動中(2016年、『輪廻の月』で横溝正史ミステリ大賞最終審査ノミネート、2017年『雌梟の憂鬱』で新潮ミステリー大賞予選通過)。BFI(株式会社ブランドファーマーズ・インク)のスペシャルエージェント。 |
週明けの月曜日、俺は久々に会社に行った。
有給消化中ではあるのだが、まだいくつかの引き継ぎ業務が残っているので、こうして時々は出勤する必要があるのだ。
取引先の一つに新任の営業マンと引き継ぎの挨拶に行った帰り、花見川沿いの田舎道を駅に向かって歩いていた。
「それで先輩、辞めた後はどうされるんですか?」
3年前の新卒で入社してきた若い営業マンが聞いてくる。
まだ年齢は24か25くらいだろう。その童顔は社会人と言うより大学生、
いや、場合によっては高校生のようにも見える。
だが、今の女性はこういう童顔が好きなのか、社内の女子社員からはひどく人気があるのだと聞いた。
確かに背も高いし、こういうのを清潔感というのだろうか、ファッション雑誌に載っていてもおかしくないような爽やかさがある。
それにそもそも、こいつは先月、若手ランキングの中でトップの成績を収めた営業マンだ。
「いや……まだハッキリとは決めてないんだがな。じっくり考えようと思ってる」
こんな若者にまで虚勢を張る元気はなかった。40間近の自分とは住む世界が違うのだ。
すると彼は意外なことを言った。
「まあ、確かに求人系ってもう微妙ですもんねえ。辞めて正解ですよ、先輩」
「え?」
俺は驚いてしまった。一回り以上年下の新人の言葉だとは思えなかった。
「……微妙って、なにが」
「なんていうか、僕もまだこの仕事3年位ですけど、あんまり面白くないっていうか」
「面白くない」
「ええ。だってこんなの、単なる枠(わく)売りじゃないですか。このサイズならいくらですよ、オプションつけたらいくらですよ、ってやってるだけ。採用マッチングだなんて偉そうに言ってますけど、そのマッチングの仕組みを作ってるのは僕らじゃなくて版元なわけだし。僕らはただその間でちょこちょこ動いて手数料を稼いでるだけです」
思いのほか辛辣な言い方に驚く。
後輩はその子供のような顔を歪め、どこか自嘲的に言い添えた。
「正直、僕も長く留まるつもりはないですよ。営業マンとしてのスキルがもう少し上がったら、さっさと別の業界に行くつもりです」
「……そうか」
後輩はそして、なぜか懐っこい笑顔を見せた。
「先輩がどんな業界に行くかはわかりませんけど、こんな業界オサラバして当然ですよ。僕もそのうち後を追いますから」
駅に到着すると、錦糸町にあるオフィスに戻るという後輩と別れて、千葉方面の電車に乗った。
後輩に言われた言葉が頭の中に残っている。
単なる枠売り。確かに、そういう側面はあるだろう。
俺たちが採用マッチングの仕組みを作ったわけでないのも事実だ。
俺たちは版元が作った巨大なメディアの傘の下で、多少の手数料をひっかき集めてなんとか生きながらえている。
だが、と思う。
求人広告の営業という仕事。それはそんなに価値のない仕事なのだろうか。
……俺はそうは思わない。いや、少なくともそうは思ってこなかった。
価値の有無はよくわからない。
でも、俺はあの後輩が言うほど、この仕事が嫌いではなかったのだ。
確かに、単純な仕事だとは思う。
求人のニーズがあるお客さんを訪ね、募集職種や労働条件を聞き、それを原稿にして掲載する。
それだけだ。
数万円の契約を必死で取りつけ、そのほんの2〜3割の手数料を利益として手に入れる。
もちろんそれは会社に入る利益であって、そのまま自分のインセンティブになるわけではないし、
そもそも俺は会社の定めた目標金額にすら届かない週も多かったのだが、
それでも俺はこの仕事を15年以上も続けてきたのだ。
単なる枠売り? 手数料をかすめるだけの仕事?
そんなことはない。
そんなことは……
しかし、それならどう違うのか、という問いに明確な答えは出てこない。
モヤモヤした気分のまま稲毛駅を降り、いつものコンビニで晩飯用の弁当と惣菜をいくつか購入して、家に向かった。
まだ夕方の四時だったが、一人の晩飯のために外に出る元気もなかった。
アパートの前に到着し、ため息混じりに階段を登ろうとしたとき、上から声がした。
「おう、営業マン。待ってたぞ」
顔をあげると、大貫がいた。